「甘いのは 君の方だよ 外海君」 智の肩越しに見えた男の声と同時に耳に入った複数の金属音。 それぞれの手に握られた拳銃の照準を自分に合わせ囲む男達にさして動じるでもなく、 視線を正面の等々力へと戻す。 目に入ってきた野蛮な薄ら笑い… 「政府の犬など、信じると思っていたのかね?」 (成る程…) ― これは『ビジネス』だ ― ― 我々も利口に行こうじゃないか ― つまりは、この状況がその言葉の真意なのだろう…。 等々力の部下に捕えられたまま、現状について行けず呆然としている智。 取引の対象である彼が手に入った今、妃が部下達の手により葬られたとしたら…? 「ただで智を手に入れるってワケか。ホント、大した奴だなアンタ」 ククッと喉で笑う妃に、口許の笑みは更に深まった。 「これがこの世界を利口に生き抜くという事だよ。君にもこの状況は充分理解出来るだろう?君がした事と同じ事なのだから」 信頼したとみせかけ利用し、最終的には裏切り邪魔になれば証拠湮滅の為に消す。 確かに、妃が智にした事と今の状態は同じモノだ 自分に銃口を向ける男達を悠長に眺めながら、妃は相変わらず小さな笑みを浮かべている。 絵に描いたような悪人像に、いっそ感心さえしながら 「流石は裏の世界で名を馳せてる奴のやる事だ…こんなでっかい会社持ってあんだけの人間従えて…これ以上金持って何になるよ?」 妃の言葉に、知れた事だと笑う。 「富も地位にも限りなどはない。それによって手に入るモノにもだ。一つ手に入れれば新たにそれ以上のものを欲するのが人間という生き物だろう?」 「こういう場合あんたみたいな奴が次に欲しがるのは、指図め永遠の命って奴か?」 揶揄うようにお決まりの展開を口にする妃から目を逸らす事もなく、男は語る。 「金さえあれば命とて簡単に手に入るだろうな…しかし今はもっと単純なモノを手に入れるのが先だ」 一代にしてこれだけの大企業に育てあげた会社。 だが、それとてまだ頂上に立っているわけではない… 「やがては海外でも頂点を争う会社に発展する為に、金は幾らあっても困る事はない。その為の資金に、我々はこの何の役にも立たない魔族共を使ってやっているんだ」 人間に忌み嫌われ、山中に追いやられた魔族達。 それは、自分達が『商品』にする事で初めて存在価値を持つのだ、と…。 そう告げる男を、ただ心の中で笑う。 − その何の役にも立たない魔族が、この会社への資金援助の大半を占めているのに…? 会社を支えるに十分な大金を与えてくれる彼等が、『何の価値もないモノ』だと言いのける等々力という男は、確かにこの商売には打って付けの人物なのだろう… 「さて、無駄話もココ迄だ」 ただ沈黙を保っていた妃に対し、等々力は両手の指を組直しながら落ち着いた声を放つ。 その言葉が合図となり、妃へと拳銃を向けていた部下達は、引き金にかかった指に力を加える。 その男達の行動に、妃の口許に楽しげな笑みが浮かんだ。 が、 トリガーが弾かれる事はなかった。 銃声の替わりに響き渡る、室内を疾る炎の波。 確実に男達の手中にある拳銃だけを狙って燃え上がる炎。 突然の出来ごとに、その場に居た誰もが状況を把握出来ぬまま立ち尽くした。 妃さえもが… 炎は拳銃を溶かし静かに姿を消して行く。誰一人として傷つける事はなく… 「…何を…」 まだ、現状の全てを飲み込めていない迄も、今の炎を放った主は簡単に予想出来た。 妃が見詰める先、突然の炎にまだ呆然としていた等々力の部下の手から逃れ駆け寄ったその少年は、ただ何も言わずに妃にしがみつく。 俯いたまま、顔さえ見せず…。 そんな智を、ただ見下ろす事しか出来ない。 − 俺の事、庇ったのかよ… 男達の銃が妃を仕留めようとした事で、今迄一度として使わなかった自分の能力を使って迄、妃を助けたのだろうか… 自分が売られた時さえ出さなかった炎を… 「何、考えてんだよお前…」 静かに、囁く程の声量で、自分にしがみつく少年へと問い掛けた。 仲間も見殺しにしようとして、自分さえ突き放した妃。憎しみを持っていない筈はないのに その手で殺してしまいたい筈なのに… 「馬鹿だろ。何自分を売った奴なんか庇ってんだよ…」 「もう、嫌なんだ…」 問い掛けに応えたのは、震えた小さな声。 「貴方の事は、憎いと思う。でも…さっきは殺してやろうって思ったけど、全部ぶち壊してやろうって思ったけどっ…でもそんなの違う!こんなのもう嫌なんだ…」 妃の服を握り締めた両手から、彼の震えが伝わってくる。 「種族の違いとか、誰かの欲とか、そんな事で殺しあうのなんかヤだよ…誰も殺したくない。死んで欲しくない。皆が仲良く出来る…幸せな世界が良い!!」 だから殺さない。 等々力達にも、妃を殺させはしない、と… きっとその瞳に一杯の涙を溜めているだろう智の姿に気付かれぬよう溜め息を吐く。 「本トに…馬鹿だなぁお前」 投げ掛けた小さな声は、けれど今迄のような冷たいものではなくて… その声音の意味を… 妃の表情を確かめようと顔を上げた時 「下らんな」 遮ったのは等々力の声 「貴様ら魔族と人間が仲良く?所詮はただの戯言だ」 ピクッと反応した智の肩に左手を置き、行動を制止する。 「確かにそうかもな。でも普通の人間を使って能力者を殺そうとするのも、随分馬鹿げてると思うぜ?」 いくら金と権力によって大勢の人間を動かしていようが、彼らはただの『人間』でしかない。 拳銃で妃を殺せるのならば、先程入口の警備員が榊を呼び寄せる事もなかったのだ。 「やはり人間では化け物の相手は出来んか…だがね、外海君。我が社に能力者が一人も居らんとは限るまい?」 不敵に笑うと、自分の右後ろの秘書に僅かな目配せをする。 それを受けて榊はゆっくりと妃達の方へ進み出た。 「その秘書さんも『化け物』ってわけか?」 「我が身を護る為に飼い慣らせば化け物も可愛いものだ…些か力が強すぎて加減が効かないものでな、普段は滅多に使わせんのだが…榊、この際商品にも多少傷をつけて構わん。私の邪魔となるものを全て始末してしまえ!」 言葉が室内に響き渡る。 榊の目に怪しい光が宿り、妃を捕えた。 尋常ではない力を感じ取り、再び気を高めようとした智の肩を、添えられていた妃の手が遮る。 銃等とは比べものにならない程の攻撃が来るというのに、今だ戦闘態勢に入る所か力すら使おうとせず自分を制止する妃を困惑の瞳が見上げた。 「どうした…?構えないのか?」 全身に力を沸き立たせたまま、無防備な妃に問い掛ける。 「それとも君は戦闘向きの能力者ではないのかな?またその魔族に助けられるか…?」 「力なんか使わないで良いだろう?どうせ無駄なこった」 不敵な笑みをもって放たれた言葉に、妃も鼻で笑って返す。 そんな妃に、飼い主である男は豪快に笑った。 「化け物同士というのは互いの力量が解るようだ。どうやら榊の力に適わぬと判断して無駄な抵抗を諦めたとみえる」 楽しそうに笑う男。 これから人を殺させるというのに、何も感じていないというような。 そんな男に、本当に諦めてしまったのかと目で問い掛ける智を見るでもなく、 ただその愉快に笑う男を見据え、妃はゆっくりと口を開いた。 「さて…諦めなきゃいけないのは…どっちかね??」 「何を…っ!?」 余りにも余裕気に呟いた妃に反論しかけた等々力の言葉が途切れた。 次いで聞こえたのは、驚きに詰まらせた声にもならない声と周囲の部下達のざわめき。 妃だけを見て居た智は、その周囲の反応を理解出来ず恐る恐る振り返る。 そして、目に入った光景に彼もまた、驚きを表すしかなかった… |